高崎市
(1992年1月訪問 97年3月、06年3月再訪)
【保渡田古墳群】
前方後円墳3基、3基ともほぼ同規模で2重周溝を持つ
5C後半から6C初頭にかけての築造、全て国史跡
八幡塚古墳(92年)(06年)
前方後円墳、TL102,R56,FW53
舟形石棺
他と違いこれだけが前方部南向き
血筋の違いを表しているとのこと
位置:36°22′42″N 138°59′21″E
_1:上92年、中97年、下01年
かっては畑の中に細長い高まりが見える程度だったが
墳丘、周溝、外堤、葺石、埴輪が修復された
_2:1と同じ
下の写真では内側堤の上に埴輪列が再現されている
_3:北側から、周溝内に4基の中島がある
_4:周溝中島(南西)
右遠方に二子山
左奥の建物がかみつけの里博物館
_5:後円部頂に舟形石棺展示室がある
礫槨、石棺を発掘された状態で展示
_6:身は完存、蓋はかなり破壊されている
身、蓋にも縄掛け突起が付いている
_7:手前に副葬品用小石室がある
その際小口部の縄掛け突起を現場で削ったそうだ
二子山古墳(愛宕塚古墳)
前方後円墳、TL111,R74,FW71,RH8,FH6
群中最初の古墳
位置:36°22′31″N 138°59′14″E
_1:八幡塚からの眺め
こちらも幅広い周溝と4基の中島がある
_2:東側から
_3:北側から
後円部が少し削られているが3基中最も良好
_4:後円部頂、礫槨?
薬師塚古墳
前方後円墳、TL90,R50
群中最後の古墳
位置:36°22′45″N 138°59′10″E
_1:八幡塚からの眺め
背後の山並みが榛名山
6世紀代に二ツ岳がしばしば爆発し集落や古墳が埋没した
_2:北側前方部隅から
南側は寺で大きく損壊しているが
北側は比較的前方後円墳の姿を残している
_3:寺境内に保存展示されている舟形石棺
身は完存、蓋はかなり破壊